レンジローバーの完成までには、計8台の試作車 Engineering Prototype と、計27台の量産前試作車 Pre-Production Prototype が作られました。プロトタイプの1号車が「コンセプト・オイスター」で、8号車はボディのないシャシーだけのテスト車輌でした。ちなみに、「広告コレクション」のページで紹介している「オートカー」誌1970年6月18日号の表紙に出ているのは、量産前試作車の第8号で、同号の広告に写っている青い車体(タスカン・ブルー)のクルマは第3号車です。27台の量産前試作車のうち、25台は右ハンドル車で、輸出仕様の左ハンドル車はわずか2台でした。

初代レンジローバーの発表会は、最初は1970年3月のスイス・ジュネーブでのモーターショーで行われる予定でした。しかし、車体開発の遅れから、ジュネーブ・ショーには間に合わせることができず、正式発表は三カ月延期されてしまいます。

1970年6月17日の水曜日、イギリス南西部のコーンウォール半島にあるミュードン・ホテル Meudon Hotel で、初代レンジローバーは正式に発表されました。この発表は、イギリス国内に大きな反響を巻き起こし、自動車雑誌はこぞってレンジローバーの特集を掲載します。

1970年10月に一般販売が開始された後、ローバー社には山のような注文が寄せられましたが、製造ラインがまだ整備されていなかったため、当初の予定であった週200台という目標からはほど遠い、週20台前後しか製造することができませんでした。ローバー社の内部では、レンジローバーがこれほどの成功を収めることを、誰一人として予想していなかったからです。

11月に入ると、状況はかなり改善されて、1970年には最終的に1567台のレンジローバーが、イギリス国内で販売されました。翌1971年に入ると、ヨーロッパへの輸出もスタートし、販売台数は2倍以上の3590台へと増加します。販売面におけるレンジローバーの勢いはその後も衰えず、1972年には5965台、1973年には7107台と、右肩上がりの成長を続けていきました。そして、1974年には遂に、年間販売台数が10000台の大台を突破したのです。

 

1970年6月の一般公開直後、ローバー社の研究施設で改良のために研究される量産前試作車。
フロントグリルのメッシュがグリッド型に変更されていますが、
この変更案は結局、採用されずに終わりました。



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