新型ロードローバーの開発チームで総責任者となったスペン・キング Spencer King は、第二次大戦中はロールスロイス Rolls Royce 社で航空機用エンジンの開発に従事していた有能な技術者で、戦争が終結した1945年にローバー社へと移籍してからは、ガスタービン・エンジンなどの先端技術開発部門で活躍していました。

スペン・キングの右腕として、チームの取りまとめ役を果たしたゴードン・バシュフォード Gordon Bashford は、天才的なひらめきで新機構を発案するキングとは対照的な実務派のエンジニアとして社内で辣腕を揮っており、意見交換の中でキングが思いついてタバコの箱の裏にさらさらと書いたパーツのスケッチが、翌日にはバシュフォードの手で完璧な図面へと仕上げられていることもありました。

デビッド(デイブ)・バッシュ David Bache は、新型ロードローバーの最終的なスタイリング決定に貢献したデザイナーで、後にルーブル美術館 the Louvre art gallery にも展示されることになる初代レンジローバーの「機能美」は、彼のセンスによって創り出されたものです。

この3人に加えて、新型ロードローバー(後のレンジローバー)の開発過程で重要な役割を担ったのが、マーケット・リサーチ部門の責任者グラハム・ブランノック Graham Brannock でした。当時のローバー社の販売部門では、新型ロードローバーの成功を危ぶむ声も少なくありませんでしたが、ブランノックは販売サイドの視点から有益な助言をキングとバシュフォードに提供し、商業的な成功を収められるクルマの実現に大きく貢献しました。。

このほか、四輪駆動系の開発主任であるジェフ・ミラー Geof Miller、シャシー開発主任のフィル・バンクス Phil Banks、ボディ開発主任のフィル・ジャクソン Phil Jacksonら、ローバー社内の有能な技術者たちが、新型ロードローバーの開発チームへと加わっていました。

 

レンジローバーを生んだ3人のキーパーソン。
(左)デイブ・バッシュ   (中央)スペン・キング   (右)ゴードン・バシュフォード

 


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