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◆ ほんとうの豊かさとは何でしょうか? 人それぞれ、いろんな考えがあるでしょうが、ここでは仮に「精神のゆとりと遊び心」と定義してみます。 ◆ 英語圏で発表された初代レンジローバーの広告には、そんな「精神のゆとりと遊び心」に満ちあふれた傑作がたくさんありました。思わずニヤリとしてしまう上質なユーモアももちろん楽しいですが、より素晴らしいのは、そんなユーモアが単に受け手の関心を惹くだけの飾りにとどまらず、レンジローバーというクルマが持つ魅力や特性、そして存在価値を的確に言い表す「ウィット(機知)」に富んだものであったという事実です。 ◆ 路上走行中に、大雪とか冠水とか地割れとか、予想外の事態に直面しても、眉ひとつ動かさずに冷静に対応できてしまう。それでいて、過剰な自己主張をせず、一歩退いた姿勢で自らの存在感を変わらず保ち続ける。クールで、タフで、インテリジェント。そんな、英国紳士の嗜みを感じさせるクルマである初代レンジローバーは、同時にどことなく可愛げを感じさせる乗り物でもありました。 ◆ しかし残念なことに、94年のモデルチェンジ以降、販売戦略上のレンジローバーの位置づけが「ラグジュアリー・カー(高級車)」の雰囲気を強調する方向へと移行するにつれて、広告の内容も大きく様変わりしてしまいました。初代の広告に感じられた「精神のゆとりと遊び心」は少しずつ薄まっていき、第2世代の広告では、裕福なお金持ちをターゲットにした(時として過剰とも思えるような)高級感の演出がそれに取って替わるようになりました。そして、2002年に発表された第3世代のレンジローバーでは、「高級クルーザーをイメージした内装」という売り言葉が物語る通り、お金持ちの「贅沢趣味」と「優越感」にアピールするだけの、底の浅いイメージ広告が主流となってしまいました。 ◆ クルマ自体が備えている「精神のゆとりと遊び心」は、第2世代も第3世代もさほど変わっていないと思うのですが、宣伝分野ではそうした「レンジローバー特有の魅力」は世代を経るごとに脇へと追いやられ、やれ高級レザーがどうの、ウッドパーツがどうの、という、広告の作り手側の「精神のゆとりのなさ」を示すかのような、他社の「高級車」との表面的な比較ばかりが強調されるようになっていったのです。 ◆ 改めて言うまでもないことですが、いわゆる「高級車」に乗っているからと言って、その持ち主が「ほんとうの豊かさ」を体現しているとは限りません。歩行者や他のクルマに平気で迷惑をかける、運転マナーの貧しい「高級車乗り」は、日本の路上でも決して珍しくありません。けれども、レンジローバーというクルマは、昔も今も、表面的な装飾の華やかさではなく、内面的なコンセプトを通じて、乗り手に「精神のゆとりと遊び心」を味わわせてくれる希有な存在であったはずです。 ◆ 今からでも遅くはありません。ランドローバー社(およびランドローバー・ジャパン社)は、初代レンジローバーの精神に立ち返り、ほんとうの豊かさとしての「精神のゆとりと遊び心」を、現行レンジローバーの魅力として消費者に語りかけていくべきです。そして、1オーナーとしての自戒を込めて付け加えれば、レンジローバーの乗り手は、クルマが持つ「精神のゆとりと遊び心」を損なうことのないような、紳士的で余裕のあるドライビングを心掛けたいものです。 《下の小さな写真をクリックすると、大きな広告画像とコピーの日本語対訳を見ることができます。》 |
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